爆発を連鎖し崩壊していく廃工場を刀崎爽刃は満足げに見やる。

「よし、お前達は七夜志貴に四季様・秋葉様の遺体を確認しろ。確認次第私に連絡を取れ」

「はっ!!」

「それとお前は捕縛部隊に巫淨捕獲の開始を伝えろ。その際、逆らうようであれば手段は問わん。黙らせろ」

「はっ」

それだけ伝えると爽刃は車に乗りここを後にした。

八『真実』

「しっかし、これだけ派手な爆発で遺体何ぞあるかね」

「そう言うな、遺体の確認が出来なければどうしようもない。何しろ四季様と秋葉様の死を翌日には大々的に発表してその罪を七夜にかぶせるって言うんだからな」

「まったくおっかないねえ・・・爽刃様は」

二時間後そんな軽口を叩きながら刀崎の私兵達は鎮火した工場跡を探索している。

「しかし・・・無いな・・・」

「こっちにも無い」

不意に私兵達の表情が曇る。

工場跡をどう探しても遺体らしい物は何処にも見当たらない。

脳裏の片隅に逃げ出しのではと思ったがそれを慌てて否定する。

何しろ最初の段階で脱出口に火を放ち、数名の私兵達が監視すら行った。

更に厳密な計算の元、決して逃さない様爆薬を配置した。

これで生き延びているとすれば、もはや人間ではない。

だが、

「ご苦労様」

そんな声と共に私兵達の予測は現実となった。

丁度工場跡の中心部に、霧に包まれた空間が突如として現れ、そこから、志貴達三人が傷一つ付く事無く、ましてや服が焦げた形跡すら無く姿を現した。

「ひ!!」

私兵達は叫び声を上げようとしたが直ぐに気絶した。

「おい、志貴なんで殺さない?」

「こいつらを殺せば俺達が生きていたと言う事が直ぐに割れる。だが、気絶に留めておけばこいつらが臆病風に吹かれて幻を見たと笑い飛ばすだろう。連中にはしばらく俺達がここで死んだと思い込ませないといけない。大体あの爆発で生き延びたと言って誰が信じる?」

「なるほどな・・・」

志貴の言葉に四季は肯く。

確かにあの爆発で生き延びたなど誰に言っても信じないだろう。

自分ですらあれを見なければ信用しないに決まっていた。







―霧壁(むへき)―

志貴が『聖盾・玄武』を正面にさらすと同時に、盾から霧が噴き出す。

その霧は瞬く間に志貴達三人を覆い結界となる。

「四季、この霧の外には絶対に出るな。ここにいる限りはなにがあっても大丈夫だ」

その直後、近くでダイナマイトの爆発が起こる。

耐え難い爆音と共に爆風と衝撃波が霧の結界に襲い掛かるが、それらにも結界はびくともしない。

更に二階部分が志貴達のいる所以外は焼け落ち崩落する。

「うわっ!!!」

「きゃあああああ!!!」

四季と秋葉は悲鳴を上げるが、緩やかに着地する。

あたかも重力を無視したかのように音も無く。

そして炎も霧の結界を恐れる様に吹き飛ばされる。

暫くすると、工場全体の崩落が始まったらしく鉄骨が次々と倒壊して行く。

無論志貴達の真上からも鉄骨や天井の破片が降り注ぐがそれをことごとく防ぎきる。

これが霧であったなど信じられない位だ。

いや、熱すら結界は次々と吸収し、結界内の志貴達は汗一滴もかいていない。

これが『聖盾・玄武』の秘技『霧壁』。

万物を防ぎ、結界の者を守る最強の防御結界。

本来脱出だけなら転移でも事足りる。

しかし、それをしなかったのは刀崎達に死んだと思い込めせる為でもあった。

確かに三流の策略にかかる者は四流・五流だろう。

しかし真の策略家とは相手が操っていると見せかけその実、その相手を掌で弄ぶ。

こうして志貴達は身を守りきったのだった。







「で、どうするんだ?」

「とりあえず家に帰ってから里に戻る。そこで改めて御館様達と遠野について協議するさ。さてと、早く帰るとしよう」

四季の問い掛けに簡潔に答える志貴。

「そうだな。刀崎の話だとお前の所にいる巫淨の娘を奪うと言っていたが」

「それについては心配していない。二人とも強いし何よりも頼りがいのある護衛もいるから」

確信に満ちた声に四季は首を傾げる。

「信頼してるのか?」

「ああ、皆の事を、そしてお前の事もな四季」

「っ!!な、何を言っている!!俺はあくまでもこの事が終わるまで・・・」

「わかっているさ。それよりも急ごう」







自宅へと帰った志貴達を出迎えたのはある意味予想通り、ある意味予想外の光景だった。

そこには刀崎の私兵部隊と思われる二十名近くの男達が縛られて辺りに転がっている。

「志貴ちゃん!!」

「無事だったんだ・・・良かった」

「ああ、ごめんな皆心配かけて。それよりも派手にやったな・・・」

中には派手に殴られた後もあった為志貴が感心する様な呆れる様な声を出した。

すると、予想外の答えが返ってきた。

「志貴君これやったの私達じゃないよ」

「えっ?じゃあ誰が」

「彼らです」

そう言ってシオンが指差した先には機能性にとんだスーツを身につけた、十名ほどの男達が佇んでいた。

「この人たちがそこにいる奴らをのしちゃったの」

アルクェイド達の話を総合するとこうだった。







三十分前に遡る。

「あらら・・・また囲まれてるわね」

玄関前でアルクェイドが心底うんざりしたような声を出す。

夜陰に紛れているがそこには銃や機関銃で武装した十数名の男達が佇んで自分達を包囲している。

この中を出てきたのは銃弾で家の中をめちゃくちゃにされては敵わないからに他ならない。

「ほほう・・・そちらからわざわざ出てくれるとはありがたい。さて巫淨のお嬢さん方、君達をご招待されている方がおられる。付いて来てもらおうか。それに他の方々もどうぞぜひとも大歓迎させていただきましょう」

「いや!」

「そんなのについて行く筈無いでしょう!どうせ感応目当ての癖に!!」

琥珀は明確に拒否し翡翠は痛烈に言い返す。

「お生憎様。私は志貴君以外の人に呼ばれて、ほいほいついて行くような真似はしないの」

アルトルージュがあっかんべーをする。

「ははは・・・七夜志貴でしたら当の昔に死んでいますよ」

相手としては絶望を与えて仕事をやり易くするのが目的だったが逆の効果が現れた。

「志貴が??それこそありえません。志貴が貴方達の様な有象無象に倒されるなど、私の志貴に対する想いが無くなるのと同様に・・いえ、それ以上にありえません」

シオンが力強く宣言する。

「そうよね〜志貴が三流・・・五流の混血にやられる訳無いじゃないの」

小馬鹿にするようにアルクェイドも言う。

「くっ・・・下手に出ていればいい気になりやがって・・・ここまでだ!!お前ら構わん、一人犯してやれ。それで大人しくなるだろう」

我慢の限界であった様にそう指示を下す。

と、そこに、

「ここまでなのは貴方方でしょう?」

後ろから声が掛かり、周囲に煙幕が焚かれる。

「なっ!!!」

咄嗟に不意をつかれ、混乱する中、襲撃者達は一人、また一人確実に仕留められて行く。

そして煙幕が晴れた時、そこには一人残らず襲撃者達は地面に這い付く結果となった。

突如として現れた十数名の男達の手によって・・・







「それで・・・この人たちは?」

「お前達は!!」

志貴が首を傾げる中四季は彼らに近寄る。

「四季様、秋葉様ご無事でしたか」

男達はそう言って一礼する。

「四季??知っているのか?」

「ああ、有間の精鋭部隊だ」

「有間??遠野の分家の有間?」

「ああ、最も血が分家の中では薄い所為で血の濃さを尊ぶ刀崎や久我峰ら遠野本流からは軽視されているが」

「ですが有間の叔父様は信頼に値する方です。それに有間の部隊は他の部隊よりも錬度も高く遠野家の事実上の主力として扱われています」

志貴の疑問に四季と秋葉は交互に答える。

「それで・・・その有間の手の者が何故俺達を??」

「七夜志貴殿ですね?これは有間家当主文臣様のご命令によるものです」

「有間の当主が?何故?有間、刀崎、そして久我峰、遠野の分家である以上行動は七夜討伐の一心同体ではないのか?」

志貴の言葉には皮肉は無い。

幼い頃から七夜における鉄の団結を知る志貴のそれは心からの疑問だった。

それに対して部隊長と思われる男が自嘲する様に笑う。

「それは七夜である場合でしょう。残念ですが同じ組織に属していても心までもが同じである場合が少ないのが人の世の常。有間・刀崎・久我峰、今や三当主のお心はばらばらです」

「なるほど・・・いや、すまない。思った疑問を口に出してしまって」

「いえ、それでこのような夜分申し訳ございませんが文臣様が是非ともお話があるとの事で参上した次第です」

「そうですね・・・判りました。俺も危ない所を家族を助けて頂いたお礼を申し上げたい。その招待を受けましょう」

「はい、ありがとうございます。それと四季様、秋葉様、文臣様より同じく重大なお話があるとの事です」

「そうだな・・・おそらく屋敷は謀反人共が占拠しているだろう。判った。叔父上の所に赴こう。秋葉お前もそれでいいな」

「はい、お兄様」







志貴達八人と一匹は有間の部隊の護衛を受けながら有間邸に到着した。

「へえ・・・遠野の分家と言うからどんな豪邸かと思ったが・・・」

「ああ、殆どの実権は刀崎、久我峰が握っている。分家と言えども有間の待遇はかなり低い」

「ですが叔父様と叔母様は私達にとってはもう一人のお父様とお母様です。それ程親身になって私達を育てていただいたのですから・・・」

そう話しながら、志貴達は奥の和室に案内される。

「失礼します。文臣様、七夜志貴殿とご家族方、四季様・秋葉様をお連れしました」

「ご苦労様でした。君は刀崎・久我峰の監視を続けていて下さい」

「はっ」

その言葉を残し立ち去るの見計らい温和な表情が印象的な男性は一礼をする。

「改めまして、私が有間家当主有間文臣です」

「叔父貴・・・暫くぶりです」

「有間の叔父様お久しぶりです」

「四季様に秋葉様お久しゅうございます。お二人ともご立派になられて・・・」

「お初にお目にかかります、七夜志貴と申します。まずは今宵は私の家族の火急の危機に対してのお礼を申し上げたいと思います」

「いえ、むしろ詫びねばならぬのは私の方、遠野の都合により七夜には十年前と此度と多大な災厄をお掛けしております

その言葉に隠された意味を素早く察したのだろう。

四季が文臣に言葉少なげに問い掛ける。

「叔父貴・・・じゃあ・・・やはり十年前・・・」

「そうです。お辛いと思いますがお聞き下さい、四季様、秋葉様。十年前、槙久様は七夜の里を襲撃いたしました。かつて槙久様は七夜当主七夜黄理の圧倒的な力を不幸な事に至近で目の当たりにしてしまい、それ以降七夜に潜在的な恐怖を感じておりました。それ故、七夜がどういう事情でかは不明でしたが組織を抜け隠遁生活を送っていると聞き狂喜したのです」

「・・・では何故・・・お父様は七夜を?」

「時が経つにつれ、恐怖が甦ったのだと思います。いかに前線より遠く離れていようとも七夜の名は混血から見れば絶対的な死の象徴。それがもし再度牙を向き、万一にもその災厄が四季様や秋葉様に及ぶ前に手を打たれようとしたのでしょう。ですがその結果は、ご存知の通りのものでした」

「・・・」

「・・・」

「四季様、秋葉様、これだけは覚えて下さい。槙久様は最後まで四季様と秋葉様を愛していらっしゃいました。それ故に十年前は暴挙に出られたのです」

「文臣殿、それで四季と秋葉にかけられた・・・おそらく暗示・・・これも遠野槙久の指示で?」

「いえ、その暗示は槙久様死後、私と刀崎当主、刀崎爽刃・久我峰家当主、久我峰斗垣との間で決められました。お二人の心の傷を残される事を考慮して・・・しかし、その内容は爽刃及び斗垣の独断です。最初槙久様は病死と言う事でお二人に暗示をかける事になっておりましたが、二人は七夜が卑劣な奇襲をかけ、槙久様を殺したと言う偽の記憶を植えつけたのです」

「その理由はやはり四季を傀儡とする為?」

「そうです。四季様の才気を全て七夜に向けさせ自分達は遠野の実権を牛耳る。ですが本当の狙いは別にありました」

「別?」

「はい・・・」

「失礼します。文臣様只今、王刃様、斗波様がお見えになられております」

「そうですか・・・直ぐにこちらに案内してください」

「はっ・・・どうぞこちらに」

その直後に現れたのは一人は二十代前半の眼鏡を掛けた痩せ気味の青年とこちらは三十代の程になるだろうか小太りの糸の様に細い眼をした男が現れた。

「王刃の兄貴に・・・」

「斗波・・・」

二人を見て四季は呆然と、秋葉は嫌そうな声を発する。

「四季様お久しぶりです」

「これはこれは秋葉様また一段とお美しくなられまして・・・」

「ああ、久し振りだな兄貴」

「こちらに寄らないで下さい。斗波」

態度も対照的だ。

「失礼ですが・・・貴方方は?」

志貴が不審に思い尋ねる。

「失礼しました。私は刀崎王刃、刀崎爽刃の息子です。この度は父が貴方方に多大なご迷惑をかけております」

「ほっほっほ・・・私は久我峰斗波と申します。久我峰の次期当主と呼ばれていますが・・・おやおや、可愛らしいお嬢様方で」

王刃は礼儀正しく挨拶をかわしたが斗波はそう言うとほぼ同時に

「「きゃあああああああ!!!」」

翡翠と琥珀から悲鳴が聞こえた。

志貴にすら気付かせる事無く、斗波は素早く二人の後方に回り込みお尻を撫でていた。

「「この変態!!!」」

―閃走・六魚―

一瞬にして斗波は吹き飛ばされる。

「うええええん・・・志貴ちゃん汚されちゃったぁ〜」

「ぐすっ・・・志貴ちゃん・・・傷者にされちゃったよぉ〜」

少々意味が違うと思うがとりあえず突っ込む事はせず涙ぐむ二人を慰めながら、四季に尋ねる。

「なあ、四季この二人は味方なんだよな?」

「ああ、王刃の兄貴は頼りになる。久我峰は・・・頼りに・・・なる・・・筈なんだが・・・」

王刃に関しては自信たっぷりに断言したが斗波については曖昧に答える。

「さて、王刃君、爽刃殿の様子は?」

その光景を苦笑しながら眺めていた文臣が口を開く。

「はい、四季様達の遺体は見付かりませんでしたがあの爆発で見付かる筈が無いと高をくくり、斗垣の叔父上と祝杯を上げられています。・・・そして七夜に四季様殺害の罪を被せ一週間中には七夜に総攻撃をかける計画を既に・・・」

「なんですって!!それは本当ですか!!」

「はい、その通りです。既に襲撃部隊の編成作業に入っております」

何時の間にか気付いたのか斗波が笑いながら応える。

「もうそんなに計画が進んでいると・・・」

「元々、父達は槙久様が亡くなられた時から七夜再襲撃の計画を練っておりました。それこそ秘密裏に、気付かぬのも無理はありません」

「しかし、そこまで周到な計画を立ててまで何故七夜を・・・」

「いえ、父達にとって七夜討伐は計画の一歩に過ぎません」

「???どう言う事ですか?」

「父達は最終的には全世界の魔を服従させる妄想に取り憑かれています。その第一段階として前回の復讐戦を兼ねて七夜を狙ったのですよ。七夜を討てば日本中の混血一族は遠野を盟主とするでしょうから、そこから更に世界を伺うと・・・」

「何ですって??世界の魔を??」

「そうです。その為に四季様を傀儡として土台として遠野を事実上乗っ取ったのですから」

その言葉にアルクェイドが呆れた様に口を挟む。

「ちょっと、それっていくら何でも無謀じゃない?」

「そうね。いくら遠野が日本で強大な力を誇っていたとしても欧州にはこれ以上の規模を持つ勢力だってあるのよ」

「いえ、父達が言うにはそれも『真なる死神』を殺せばどうにでもなると・・・」

王刃の言葉に志貴・アルクェイド・アルトルージュ・シオンが緊張する。

残りの面々は意味がわからず首を傾げる。

「兄貴?何だその『真なる死神』ってのは?」

「いや、父はそれしか言わなかった。七夜に関係あるのは間違いないのだが」

そこにアルクェイドが口を挟む。

「それ、何処で聞いたかあんたのお父さん言っていた?」

「いえ、そこまでは」

「何処で耳にしたのかしらね?志貴君」

「さあ・・・ただ色々暴れ回っていたから耳に入ってもおかしくないけど・・・」

「知っているのですか?『真なる死神』の事を」

「はい、それは志貴の欧州での異名です」

シオンの言葉に今までそれを知らなかった翡翠・琥珀、四季・秋葉が驚愕の色をあらわにした。

「なに?志貴の?」

「そうよ。志貴はそう呼ばれて全欧州の死徒・・・こっちで言う魔ね・・・から恐れられているわ。と言うかそれ知らなかったの??」

アルクェイドの指摘に四季は拳を握り締める。

「くそっ・・・あいつら肝心な情報は全部自分達の所で握りつぶしていやがったか・・・」

怒りに震える四季の傍らでシオン達は検討を再開する。

「おそらく、欧州に侵攻する時それを格好の宣伝材料にする気ですね。『自分達は真なる死神を滅ぼした。それだけ強大な組織だ』とでも言えば大抵の弱小勢力が遠野に転がるのは目に見えています」

「でもだからと言って志貴君殺せばそれで済むなんて思う方が馬鹿じゃない?逆に『真なる死神』を滅ぼした相手を潰して自分がのし上がろうと考える奴も出るんじゃないの?」

「いや、ここまで緻密な計画を立てた連中がそこを考えないとは思えない。おそらくそれについての保険もあるんだろうな・・・それについて何かご存知ありませんか?」

そんな驚愕を尻目に志貴達は会話を続ける。

「いやそこまでは・・・」

王刃は申し訳無さそうに言ったが斗波が口を開く。

「そう言えば・・・」

「なにか?」

「ええ、父が私に漏らした事があったんですよ。『七夜を滅ぼすにはそれ相応の戦力で無いとならない。前回と同じでは滅ぼされる。それならば・・・造らねば』と」

「造る?それは一体・・・」

残念ですがそこまでは・・・と言うのが返答だった。

「ただ、父達が私達の想像を超える何かを用意して七夜を滅ぼす手駒としているのは間違いないかと・・・」

斗波の言葉に志貴は静かに肯く。

「ともかく情報が情報だ。翡翠・琥珀、俺は一旦里に戻る。お前達は・・・」

「「私達は志貴ちゃんと一緒に帰る!!」」

ここに残ってくれと言う前に機先を制された

「だけど・・・」

そう言いかけて志貴は断念した。

二人の頑固さは良く知っているし、志貴は二人を残していくメリットよりも連れて行ったほうのメリットを優先した。

「わかった。その代わり二人とも万が一、里で戦闘が起こるとしたら人を殺すかもしれないよ・・・その覚悟は出来てる?」

「「・・・うん」」

暫しの沈黙の後二人は力強く肯く。

「・・・判った。アルクェイド・アルトルージュ・シオンお前達は・・・」

「もちろん行くわ」

「私も、志貴君の故郷に興味あるし」

「私も微力ですが助力になれると思います」

一発返答だった。

「ふう・・・なんでこうも思い切りのいい奴が揃っているのか・・・それで四季・秋葉お前達はどうする?」

その問い掛けに暫し迷った仕草を見せた四季だったがやがて

「志貴俺も連れて行ってくれないか?自分の耳で確認したいんだ本当に親父が七夜に襲撃を掛けたのか、お前の親父から直接聞きたい。そして自分の耳で聞き俺なりの真実を知りたいんだ」

「四季・・・」

「お兄様・・・私も連れて行って下さい」

「秋葉お前もか?」

「はい、私も真実を知りたい。今まで久我峰や刀崎に教えてもらった事実でなく真実を・・・」

二人の申し出にいささか戸惑いを覚えた志貴だったが、思わぬ方向から懇願する声が発せられた。

「志貴殿、私からもお願いします四季様を七夜の里にお連れ出来ませんでしょうか?確かに四季様と秋葉様には知って頂きたいのです。真実を・・・」

文臣だった。

「ですが・・・こちらの方がむしろ安全では・・・」

「いえ、危険なのはここも同じ事、久我峰も刀崎も私を邪魔と見ております。何時、彼らの牙が私達に降りかかるか判りません。それよりは強大な七夜の本拠地にいた方が危険も幾分和らぎます」

そう言って力無く笑いかける文臣。

事実、この時期彼は密かに妻とまだ幼い一人娘を部隊の護衛の下、避難させている。

万に一つ刀崎・久我峰と有間が争う事になっても妻子に対する危害を最小限に防ぐ為に・・・

「文臣殿・・・わかりました。二人も連れて行きます」

そんな文臣の決意を肌で感じたのか、志貴は静かに肯く。

「よろしくお願いします。では私と斗波は再度父の所に戻り身辺を探ってきます」

「ええよろしくくお願いします」

そう言って王刃と斗波は退室する。

「では七夜殿・・・四季様と秋葉様を・・・」

「はい判りました。では早速これから向かおうと思います。じゃあ早速これから飛ぶから皆近くに寄って」

「「「「???飛ぶ」」」」

志貴の言葉に首を傾げた四人だったが残り三人はその意味を正確に理解して、

「じゃあさ志貴に近寄ればいいんでしょ?」

「だからアルクェイド・・・引っ付き過ぎだ・・・」

「あーーっ!!アルクちゃんずるい!!私も・・・って!!」

「志貴・・・失礼します・・・」

「シ、シオン・・・お前まで・・・」

「だったら私は志貴君の背中!!」

「「あーーっ!!皆ずるい!!私も!!」」

「では私も・・・」

そう言って次々とアルクェイド・アルトルージュ・シオン・翡翠・琥珀、そして何故か秋葉が志貴の周囲にまとわり付く。

「にゃ〜」

「れ、レンもか・・・」

更にレンは猫状態で志貴の頭に乗っかる。

「し、志貴―――!!」

「おい、四季俺にどうしろと言う気だ?」

四季の怒りに満ちた声に途方に暮れた声で返す。

「ともかく・・・里に帰るぞ」

その言葉と同時に志貴達の周囲に風が纏わり、一瞬にして志貴達の姿はその姿を消した。







一方・・・

「で、巫淨の娘達は?・・・何姿を消した??何をやっているか!!・・・わかった・・・貴様らもう戻れ!!」

乱暴に受話器を叩き付ける爽刃。

捕獲部隊の『ターゲットF=琥珀・翡翠』捕縛失敗の報告を受けての反応だ。

しかも、やはり襲撃者達はことごとく記憶を失った状態で昏倒しているのが発見されたのだ。

怒り狂いたくもなるだろう。

「ですが良いではありませんか。爽刃殿、目的の一つである七夜志貴や四季様、秋葉様の抹殺には成功したのです。それに残りの標的も行き先は決まっておりましょう。そこで絡め取っても・・・」

斗垣に諭され爽刃は独特の薄ら笑いを浮かべる。

「なるほどな・・・久我峰の準備は?」

「はい、既に七割完成しております」

「よし、明後日七夜の里を急襲、七夜を皆殺しにする。明日までに部隊編成と『KKドラッグ』投与兵の用意を完了しておけ・・・後念の為『B・K』も用意する・・・今こそ先代の恨みを晴らす時、そして・・・我らの天下への第一歩・・・くくくくくく」

「はい、・・・ほっほっほっほっ・・・」

屋敷に何時までも男達二人の陰湿な笑い声が響いた。







深夜の七夜の里に到着した志貴達はその足で屋敷に向かう。

「あら?志貴?」

玄関に現れた真姫は突如帰ってきた息子にやや眼を丸くする。

「ただいま母さん、とう・・・御館様は?」

「御館様でしたら今仕事から戻ってきた所ですけど・・・」

と、そこに屋敷の奥から黄理が現れる。

「どうした?・・・志貴?どうしたこんな時間にそれも大所帯で?」

「御館様、至急叔父上方『七つ月』幹部の招集を」

「・・・わかった。真姫、至急兄貴達を呼べ。志貴お前は客間に客を連れて行け。翡翠・琥珀茶の用意」

志貴の表情に非常事態が起こった事を悟ったのだろう。

黄理は静かに肯く。

「畏まりました」

「はい」

「「はい、お父さん」」







十分後、屋敷の大和室に黄理を始めとする『七つ月』幹部、そして現世代を代表して七夜晃、七夜誠が集合していた。

「皆夜分にすまんな」

「いえ、別に構いません。それよりも御館様、何があったのですか?」

「それについては志貴から説明する」

志貴は一語一句間違える事無く、遠野の現状と今時点の状況を幹部達に伝える。

「なるほど・・・つまり遠野は現時点では分家の刀崎・久我峰両当主に牛耳られていると言う事か・・・」

七夜楼衛が一同を代表して口を開く。

他の面々も苦虫を噛み潰した表情を作る。

「恐れ入ったな。十年間我らへの憎しみを溜め込んでいたと言う事か・・・」

七夜王漸が肩をすくめて呟く。

「おまけに世界征服とは・・・」

「普通なら考えないと思うけど・・・」

呆れた様に七夜晃・七夜誠が言う。

「はい、さらには穏健派の有間を遠野槙久死亡後追放し、現当主遠野四季を傀儡として、七夜を討つ為に前当主の仇討ちと言う大義名分を得て七夜を討つ機会を伺っていたのです」

「御館様、こちらから打って出るべきです」

晃がそう叫ぶ。

「馬鹿な事を言うな晃、志貴の説明を聞いただろう。そこまで念密に計画を立てた連中が我々の奇襲に備えないとでも思っているのか」

それに誠が窘める。

「誠の言うとおりだ。それにもうこちらに向かっている以上、攻め込むだけの時間もない。今回もこの森に引き付けて撃滅するしかあるまい。おそらく前回の失敗に懲りてかなりの大部隊に大掛かりな準備で押し寄せてくるのは間違いないだろうからな・・・こちらも総力戦で行く・・・晃・誠」

「「はっ!!」」

「お前達は全現世代員を一両日中に全員集結させろ。仕事途中の奴がいても構わん。一人残らずだ。相手には俺が話を通しておく。兄貴、明日にでも里にこの件の連絡を」

「判った」

「その他の旧世代も何時でも戦闘体勢に入れ。老人に女子供、乳飲み子は避難させる様に。その件は真姫お前に一任する」
「畏まりました御館様」

「ではこれで解散・・・それと志貴お前は残れ」

「はい」

やがて和室に二人が残った。

「志貴・・・それでお前から見た遠野四季はどうだ?俺達と和解できると思うか?」

「そこまではなんとも・・・今回もあくまでも一時的な休戦だと言っていますから・・・ただ四季は御館様と話したがっています。真実を知りたい為に」

「そうだな・・・たとえどう言い繕っても、俺が遠野槙久を殺した事に変りはない・・・今は殺される訳にいかねえが恨みは全て受け容れてやるさ・・・それはさておき、今回だがお前は俺と共に最前線で遊撃に入る、主だった奴を潰していくがそれで良いな?」

「はい」

「まあ、今回の奴らの戦力にあれはないだろうからそうそう敗れるとは思えねえが・・・油断は禁物か・・・お前の情報が本当だとすれば隠し弾を保有している可能性が高いしな」

「あれ?父さんあれって?」

「なんでもない。お前には関係無い話だ。それとやつらの事だ。前回と同じ轍は踏まないだろう。おそらく最初の戦闘は里の内部から始まると見て良い」

「・・・空からの奇襲?」

「ああ、だから・・・」

親子二人だけの作戦会議は暫し続いた。







一方客間では、

「へえ・・・ここで志貴は育ったんだ〜」

「自然が多くて良い所ね」

「はい、これだけ緑が多いとは・・・」

「何言ってやがる。結局の所山奥ってだけだろうが」

「ですが、これだけ自然が多い所、私は好きですよ。お兄様」

アルクェイド達がわいわいお茶を飲みながら志貴を待っている。

そこに、志貴ともう一人壮年の男性・・・黄理が入ってきた。

それを見た四季と秋葉は緊張させる。

例え彼らの知っている『事実』が刀崎・久我峰のデマだったとしても、七夜黄理が遠野槙久を殺したと言う『真実』に何の変わりはない。

「皆待たせた。それと四季、秋葉、父さん連れてきたよ」

「初見と言えばいいか?俺が七夜黄理、志貴の父親であり、お前達の父親遠野槙久を殺した張本人だ」

黄理は簡潔に言葉を・・・『真実』を告げる。

「そんな事はとっくに知っている。それよりも俺が聞きたいのは本当に親父が七夜に攻め込んだのか?それとも七夜が親父に攻め込んだのか?どっちだ!!」

「お兄様・・・」

暫し沈黙が流れる。

「・・・前者だ。遠野槙久は自ら手勢を率いてこの地を訪れ七夜の全滅を図った」

「・・・くっ!!」

「ああ・・・」

冷酷ともいえる独白に四季と秋葉の顔面が蒼白となる。

「それ故に俺・・・いや、七夜は総力を結集しそれを撃退し・・・俺は遠野槙久をこの手で殺した」

「「・・・」」

「この件でお前達に俺に憎しみを持つなと言う気はない。どう言い繕うとも俺がお前達の親を殺したその一点に何の変りも無い。だからいくらでも恨み言は聞いてやるさ・・・それと・・・こいつを渡しておこう」

そう言って黄理が差し出したのはやや色褪せた二つのペンダント・・・

「こいつは?」

「遠野槙久が死ぬ直前まで肌身離さず持っていた物だ。おそらくお前達に送る物だったんだろう」

「どうしてそれが判るんですか?」

「裏を見てみろ」

四季と秋葉が見るとそこにはそれぞれ『愛する四季へM・T』・『愛する秋葉へM・T』と明らかな手彫りの不器用な文字が彫られていた。

「お、親父・・・」

「お・お父・・・様・・・ううっ・・・」

四季は手を震わせてペンダントをひたすら見つめ、秋葉はそれをそっと握り締め嗚咽した。

「遠野槙久は少なくともお前達のことを死ぬ直前まで案じ、そして愛していた。それだけは忘れるな」

黄理の言葉に二人は静かに肯く。

話が終わったと見た志貴が口を開く。

「それで、皆、今回の遠野の襲撃にはこちらも総力戦で臨む。現世代、旧世代には総員戦闘態勢に入った。おそらく戦力にならない老人・幼子乳飲み子は女衆と一緒に避難して貰うと思う。そこで・・・シオン・翡翠・琥珀には彼らの護衛をして貰いたい」

「私達がですか?」

「今回は何処が戦場になるか判らない。頼む・・・」

「うん判った」

「私も皆を守る」

「ありがとう・・・それでアルクェイド・アルトルージュには里の周辺にいてもらいたい」

「それでどうするの?」

「里に奇襲を掛けようとする遠野を撃退して欲しい。叔父さん達と協力して貰えればありがたいけど」

つまり陣形はこうなる。

真姫が指揮を取る女衆と翡翠・琥珀・シオンを始めとする老人、幼子、乳飲み子は里の裏手にある洞穴に避難して貰う。

夜明けと共に長期戦に備えて薬品や食料もそこに運び込む事になっている。

これを最後方陣=第三陣と称する。

そして里の周囲を警備するのが楼衛を中心とした七夜旧世代とアルクェイド・アルトルージュ。

後方陣=第二陣である。

森前線に晃・誠を中心とした現世代が拡散して敵を待ち構える。

これが事実上の防衛の全権を担う前線陣=第一陣。

最後に最前線には志貴と黄理が遊撃の立場で主だった敵を潰していく。

遊撃陣若しくは最前線陣=第零陣となる。

「じゃあ志貴が一番前で?」

「ああ、どうも父さんに似たのか集団での行動に慣れていないから」

あえて笑って答える。

「それに志貴の実力では他の現世代に合わせてしまえば逆に志貴の枷になる。この陣形が一番理想的だ」

黄理が付け加える。

「それと最後に四季と秋葉だが・・・二人にも裏手の洞穴にいてもらいたい」

「俺達もか?」

「むしろ前線にいさせてください。私やお兄様の姿を見れば・・・」

「喜んで撃ち殺すだろうな・・・」

黄理があえて突き放す口調で言う。

「そ、それは・・・ですが」

更に言い募ろうとした秋葉だったが四季が止める。

「そうだな・・・俺や秋葉を殺そうとした刀崎・久我峰の私兵が今回の主力とすれば遠慮するとは思えない・・・わかった。俺と秋葉もそっちに行こう。しかしいいのか?俺達はお前達にとって・・・」

「大切な客人だ。今後の遠野と七夜のためにも・・・」

黄理の言葉に驚いて黄理を見る四季。

「ともかく話はこれで終わりだ。既に各退魔組織にも協力と情報の提供、更に諜報部隊に調べさせている。全員ゆっくりと休め。それと志貴、琥珀、翡翠、お前達は後で俺の部屋に来てくれ。作戦の最後の詰めを練る」

その言葉を最後に黄理が立ち去って行った。

こうして志貴達は急ピッチで防衛体勢を整えていく。

そして二日後、遂に遠野・・・刀崎・久我峰連合部隊が『七夜の森』に展開した。

戦慄の一夜が幕を開けようとしていた。

九話へ                                                                                          七話へ